『プロフィール』 



佐野正幸(さのまさゆき) 

 1952年5月22日 北海道札幌市生まれ。札幌光星高〜神奈川大法学部卒。双子座、血液型O型。身長178cm、体重95s。

札幌北陽中学2年の秋、クラスではやったサイコロ野球ゲームに参加したことから、当時弱小だった阪急ブレーブス(現オリックスバファローズに系統)の大ファンとなる。翌年突如首位を走り始めたブレーブスの誰かにファンレターを書こうと思い立ち、なんと生意気にも当時の西本幸雄監督(後近鉄監督、現野球評論家)に出したのが大きく運命を変える。筆不精を自称される監督がなんと返事をくれて、以後応援人生がスタートする。この年を含め阪急は3連覇するが、当時V9中で、王・長嶋が全盛期の巨人に日本シリーズでことごとく敗退。

 1971年春、大学進学のため上京。以後西本監督、阪急の本格的なナマの応援人生がスタートする。しかし再び2年連続日本一になれず、73年、その年からパ・リーグが採用していたプレーオフで、野村克也監督(現楽天監督)率いる南海(現ソフトバンク)に敗退。この敗戦の責任を取って西本監督はなんとライバルであった近鉄に移籍。それ故一緒に今度は近鉄バファローズの応援団としてスタンドに君臨することとなる。

これがちょうど大学4年生の就職期とあいまって、西本監督の紹介で、当時東京・吉祥寺に進出した近鉄百貨店東京店(01年3月廃店)に入社。会社内でも変わらぬ応援活動を続け、79・80年リーグ優勝時には優勝バーゲンも含めて頑張る。81年西本監督引退後も、選手からの薦めもあり、そのまま応援人生を続行。以後の経験も、今の文筆活動に大きく役立っている。

 97年の大阪ドーム開場時には、ちょうど大阪に単身赴任中で、様々なところで協力。やがて、98年春、以前から希望の文筆家転進のため円満退職。

以後ラジオ、テレビにも多数出演。近鉄フリークで、プロ野球、特にパ・リーグを愛するスポーツ作家として、グラウンド視点が当然のライター業界で、スタンド視点の新しいタイプの作家として活動している。

04年、人生最大の悲話ともいえる近鉄消滅に際し、心を痛め、「ファン難民」ともいえるファンチームを失いながらも、愛するパ・リーグのためにこれからも様々な形で世の中に意見を呈し続ける。

 もうひとつのライフワークともいえる司会業(結婚披露宴、各種パーティー込で約300回)、そして今では『元気の出る講演会』と称し、大阪近鉄バファローズや自身の応援人生、あるいは応援歴30年に知り得た知識を生かしプロ野球選手の裏側などをテーマに、全国を飛び回る毎日である。07年からは、スポーツビズ、森田健作事務所の協力を得て、活躍の場を広げている。

 野球以外にも、スポーツ全般は元より、アイドルを含む芸能界、ピンク・ポルノ映画、そして2時間ドラマ、バラエティーなど、各界にかなりの含蓄を持っている。なにより『週刊大衆』、『アサヒ芸能』を小学校2年生の時から欠かさず読んでいて、タバコ、酒は20歳になってからでも、ピンク映画は13歳から見ていたという、とんでもない『人生勉強』が、今の職業に役立っているわけだ。

  好きな女性はなんといっても松浦亜弥さん、前田愛さんなど。最近では志田未来が女性として可愛いと言って周囲から危ながられている。カラオケももっぱらアイドル路線をひた走り・・・変わったおじさんで有名です。やがて野球のみならず、これらの人生の調味料のような部門にも、どんどん進出するつもりである。

 著書(別ページに掲載)に『1988年・「10・19」の真実』、『1989年、嗚呼!G戦上のバリア』、『もうひとつの『江夏の21球」』(以上新風舎)『札幌人よ!日本ハム移転で大きく変われ!』(日刊スポーツ出版社)、『野球狂の応援歌』(新風舎)。プロ野球小説『ねじれた白球(星雲社)』。「昭和プロ野球秘史『あの頃こんな球場があった』(草思社)」『1988年・「10・19」の真実』は04年10月に光文社知恵の森文庫より著者初の文庫として出版された。

 東京都内に事務所を有する。